
シンチャオ〜🇻🇳 (ベトナム語でこんばんは〜) これを読んでくれている皆さんもきっと31年前に放送開始した『世界ウルルン滞在記』その名の由来も世界に出会ウ・見ル・泊まル・体験(タイケン)の語尾の四文字を取って作られたタイトルでお馴染みの(全然知らん知らん!)体験ドキュメンタリー番組好きだったと思うんですが、今回はその道中や出会った人、別れや異文化、辺境の地などそんなことわてが体験したことを書いていこうと思います。
まず前回の投稿で話した陶器のバッチャン焼きの村からハノイに戻って、次の目的地を考えた時に折角、細長い形のベトナム北部にいるのだから、最北端からスタートしてどんどん南下していく縦断の旅をしたいと思い付きました。(これはオーストラリアでも感じレンタカーで縦断しましたね) ベトナムでは便利な大型のバスを利用して、出来るだけで長く色々な気になる街や村に泊まり、見て回りたいと思ったので、まずは最北端を目指すためにハノイからその場所と行き方を人に聞き調べました。ベトナムにはシンカフェという大きな旅行会社があり当時からとても有名だった。(飲食店みたいな名前の旅行会社で最初は普通のカフェかと思ったくらい!) シンカフェで長距離バスの手配、旅先のことについては色々と聞こうと、すぐにシンカフェに行き、出来るかぎり最北端に行きたいというと、慣れたようにそれならば中国との国境に近く標高1600mに位置するラオカイ省サパが良いんじゃないかということになりました。標高1600mがピンときませんでしたが、地元の榛名の山が約1500mで、赤城の山が約1800mなのでその間ぐらいと思えば・・・う〜んやっぱ全然ピンときませんね!
さてここベトナムでも初めて寝台列車に乗ることになりました!大型バスかと思いきや。当時の寝台列車でハノイから12時間でした! インドほどではありませんが、やはり山岳地帯に行くのですから遠いのでしょう。時間はかかってしまいます。インドの寝台列車をイメージしながら列車に行くとインドの列車とは違い豪華さや清潔さ、快適さに驚きましたが、これはあくまで率直に感じた気持ちですので、決してインドの寝台列車が劣るというものではありませんよ!インドの寝台列車には言葉では表せない味があるんです。本当にいい味が。たまにお腹を下すほどの味の強いスパイスの場合もありますが、これは人の好みによりますね〜!(コラコラ!インドを褒めてないやろ!)ただわては好きでっせ!味の濃い〜インドの寝台列車も、薄味で上品なベトナムの寝台列車も!

さてインドの寝台列車の時は簡易製の三段シートに驚きましたが、ベトナムの寝台列車は4人で1つのゆったりとした個室の、列車のシートというよりも歴としたお部屋でした。そこにはすでにイタリアの素敵なご夫婦が座っておりました。旅のご縁というものですね〜。(インドでは知らないおっさんが汗をかいてわての席に我が物顔で座ってたけれど。) お互い母国悟ではなく、違う国で、違う年齢の、違う国籍の人たちと出会う。彼らはイタリアの長期休みを利用してご夫婦でベトナムに来て、折角なのでサパに行くことにしたのだそう。快適な寝台列車の場合熟睡も容易で時間が経つことがあっという間でした。列車は問題なく無事にサパに着き、同じ部屋だったイタリア人夫婦とも軽いお別れをして、そこからかなり険しい危険な道を車で4時間以上かけてバクハという村に行きました。そこは日曜日の朝に色々な部族の人たちがマーケットをやっているというのでそこに向かいました。こういう険しい道や、長時間の車移動は砂埃や車内の重量を気にしなければ、インドでも、ネパールでもここベトナムでも大変さは変わりませんでした。列車だと感じない熱くなり過ぎた汗や、息苦しさも感じて、寝台列車の豪華さが再確認できました。
繁華街や、首都圏などから離れると自然や村や、山奥にある山村に近づいたりするとインフラが整っていないだろうなと毎回思ってしまいますが、行くと苦労して訪れられたそれ以上のご褒美があるものです。次回は部族のマーケットや、暮らしぶりを垣間見てみたいと思います。今日も最後まで読んでいただきありがとうございましたーーー!!



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