え?えっと・・・あれが通称日本橋ですか??🇻🇳

Hoi An

正直全然ピンとこない…来遠橋こと日本橋

🇻🇳皆様シン・チャオ🙏皆様お久しぶりでございます。戻ってまいりました!ベトナムです〜!ラオスのパクセーからベトナムのフエに入り、フエから南へ120キロ、約4時間のバス旅でした!基本的にベトナムの縦断は大きなバスですので快適です。皆様の期待する波乱はそんなに起きませんぜ!(期待もして無いでしょうけれど💦) 強いて言うならば、このバスは座席のタイプが足を伸ばして仰向けになれますので、ここだけの話これから乗る皆さん是非靴下や足の臭いにはご注意ください! 後部座席の人の足が自分の頭の近くにくる構造になっております。ただ旅中ですので、もはやモラルやエチケットの範疇になりますな!旅の恥はかき捨てですが、かき捨てる時間が街から街への移動4時間はなかなか長丁場でっせ!あの時代わては何一つ役に立つ道具を一つも持っていなかったけれど、令和の今なら足拭きシートなど、周りに迷惑をかけないエチケット道具を旅人も持ち歩いているのでしょうな!(誰が臭くて周りに迷惑かけたっちゅうんじゃい!!)(まぁまぁそう熱くならずに〜余計臭いますぞ〜!)やかましいわっ!!

さてそんな足の臭いについては置いておいて、話を戻しますが、このホイアンという街は勿論わては初めて訪れたわけですが、とても街並みやお店、家々、建造物、こぢんまりとしていますがどこか街並みが可愛らしく、すぐに好感を持ちました。 綺麗でセンスあるカフェや(わては小汚いけれど)、綺麗なミニホテルも(わては泊まらないけれど)多く、オールドタウンの方へ行けば、アジアンテイストであり、しかしどこか洋風な雰囲気もあり、とても情緒がありました。

わてがそんな事を感じるのも当たり前!こちら既に世界遺産の古都でした。めちゃくちゃ有名やないかい! 全然知らなかったし、立ち寄って良かったぁ。この街の安宿に荷を下ろすと、小さな本棚に沢山の日本の古本や、過去に立ち寄った旅人などのメモがありました。過去のバックパッカーのパイセンたちのメモを少し覗いてみると日本橋のことや、この街にはかつて日本人街があったことなども記してありました。今ではスマホでなんでも調べられますが、当時はこういうパイセンの書き置きや、情報を有難くもワクワクして見ていたものです。そして自分もその時代の有益な情報をこれからの後輩のために書いておいたりするわけですな〜。 さて有名なその来遠橋を見にすぐに現場に行ってみると日本橋と言われているその橋は日本では見たことも無いような橋でした。正直なところ、、、ちゅ、中国っぽい。そして当たり前のように華人の会館である福建会館なるものもありました。つまりしっかり中華街もあったんですね。

しかしこの中華っぽい見た目の日本橋の両端には、犬と猿の像が守り神として置かれていました。日本では犬と猿では、犬猿の仲というイメージですが、同じ物でもイメージというものは国によって異なるのかなぁ。日本人街はというと既に跡形もなく無くなっていました。何せ時代を知れば江戸時代まで遡り、江戸時代の鎖国によって国交が途絶えたとのこと。そりゃ何も残ってませんわ。でもその当時から日本とこのホイアンは国交があったと思うと不思議に、そして勝手に親近感は湧ききました。この場所に江戸時代頃の日本人が貿易に来ていたなんて。当時日本からは銅や銀、刀剣を輸出し、ホイアンからは香木等を輸出していたそう。お互い自国では手に入らないものを売買する貿易は、最高に楽しそうですな! どれくらいの日数をかけて、どれくらいの資金と、人の協力が必要だったのだろう。全盛期には日本人300人以上が住んでいたんですって! 外国への移住者の先駆けですなぁ〜。 しかし残念ながら徳川家の鎖国命令により最終的に日本人は皆帰国したということですな。来ることも帰ることも命懸けだったろうなぁ〜。

これは猿の方ですね〜🐒

皆さんも勿論そうだと思いますが(知らんけど)わてももれなく、外国との貿易や、異国を訪れ、現地の人たちと直接商売する人たちにとても魅力を感じ、その歴史や経緯を知るとワクワクするわけです。外国にはまだない日本のものを、日本にはまだない外国のものを。これはまだまだ刺激を受ける出会いがありそうなので、もうしばらくこの街に残り、気になった場所を巡ってみたいと思います!

ちなみにこちらが犬ですね〜🐕

それでは皆さん、また近々!ヘン ガップ ライ ニェ〜🇻🇳 (またね〜👋)

コメント

タイトルとURLをコピーしました