タイのバンコクからバスという名のハイエースで約12時間(これはもう自動車なのよ!バス移動と言わないで!)でも少人数だし、小回りも効くから国境をすんなりと超えて入国したラオスという国。国境はすんなり超えましたが、タイからラオスまでの車中運転手が居眠りしていて、危うく事故に遭いそうでした💦 流石にここは運転手に起きろっ!と一喝したのにも関わらず、相手も起きてるに決まっているだろっ!と言う謎の逆ギレはあったものの無事にラオスに辿り着きました。こういう小競り合いはどこでも起きます。さて少し早くなった呼吸と、気を取り直してここでラオスについて少しだけ情報を。皆さんサバイディー🙏(ラーオ語でこんにちは!だそうですよ!)ちなみにタイ語ではこんにちは!はサワッディー🙏に、に似てるね💦
わてが訪れた時はラオスの人口約568万人。(2023年時は758万人ですって!増えましたねぇ!凄いことです!)首都は先程到着したここヴィエンチャンという街。ラオ族を含む50もの民族で構成されている多民族国家なわけですね!これにも驚かせますね! アメリカなどは人種の坩堝などと言われていましたが、ラオスは民族の坩堝なわけですね!(知らんけど…..) 空港などを使っていない陸路での越境だったので、タイからラオスに変わる時にこの国の匂い的なものは感じられなかったんですが、良い意味で言うと静かで、人もそこまで多くなく、自然もあり、いや自然しかなく(良い意味でですよ!)、人の見た目は同じようにやはりアジア人特有の顔立ちで(そらそうだろ!)少し優しそうな雰囲気を感じる。(これは勿論、何人でも人によりますね。)少しだけ補足するならば、、、、い、い、田舎。あ!良い意味でですよ勿論!(それを言えばフォローになってると思ってるやろ?)ここがこの国の首都!?こ、これで??(やめなさい!なんて言うことを言うんだ!)ただなんと言うか、言葉で表現できないが、全てにおいて人々の暮らしがゆっくりと、生活の営みが丁寧に綴られている。そんな風な空気を纏う国であり首都であった。こういう国嫌いではないなぁ。日本や先進国や、新興国など勢いの肌で感じる国とは全く違う。人口の8割は農業に従事しているという一大農業国ですな!

ヴィエンチャンはメコン川を挟んでタイと陸続きになっている。メコン川沿いでご飯を食べている時など見えている風景はほぼ川向こうのタイであった。そしてタイもそうであったが、ここラオスも寺院などが多かった。ラオスの言語はラーオ語で、通貨はキップ(またはキープ)。文字は看板など見る度思うが、タイ語とラーオ語は全く違いが分からん!きっと歴史でも地理的に幾度となく争ったり、政権が変わったり陸続きならではの問題が多かったのかなと容易に予想はできた。それほどまでに近いのである。タイどころか中国、ミャンマー、カンボジア、ベトナムと5カ国と国境を囲まれるように陸続きな内陸国である。むしろ今日、それぞれの国が似てはいるが人種や文字や言葉が違ったり、通貨が違ったりしていることの方が信じられない凄いことだと島国出身のわてには思われてならない。
いつも通り入国して気付かされること、学ぶことは多々あるのですが、まず路面で日本でいうフランスパン(バケットですね!)を売っている人が多くて、お米を作っているような田んぼが沢山あるのに、小麦も沢山作っているのかな。などと勝手に思っていましたが、後で知りましたらここラオスは昔タイの支配下の後、フランスの植民地支配を受けていたとのこと。その後第二次世界大戦中に日本軍がフランスの植民地を排除してラオスは1945年4月8日に日本の強力下で独立宣言をしたそうです!習ってない!!義務教育で習ってない!いや習ったのかもしれないが一切記憶にございません!日本とラオスそんな間柄だったのね!学生時代は一切知らず、現地に入ってから時代背景を目の当たりにするなんて。少し前までこの地で日本軍とラオス軍とフランス軍が植民地化や独立を争っていたのかぁとメコン川を眺めながら、ラオス版フランスパンのサンドウィッチ、カオチーなるものを頬張りながら美味い美味いと旅人はアホみたいに頷いています。(もう少し情緒を出せないものかねぇ〜)
学生時代あまり学んでこなかったわてが、こういう現地に入ってからその国のことを知ったり、学べたりすることが歴史好きなわてにはとても嬉しく、アジア圏で日本との関係などもあると特に興味深いですな!次回からもしばらくこのラオスと言う国を色々と回りたいと思います!あ!気付いたらラオスの情報だけで終わってまった!次回からもラオスを回りますので是非是非こちらでお会いしましょう!!


コメント