
2026.1.1 このブログを読んでいてくれている皆様明けましておめでとうございます。皆様にとって今年も実りある良い一年であることを心より願っております。わてはというと本年も本職のシェフはガッツリと、こちらのブログはマイペースに続けさせていただき、次の旅に出た時にはリアルタイムで皆様にブログを届けたいと思います。それがシェフであり旅人であるわての目標ですので、皆様もどうぞマイペースに読み続けてくれる嬉しいです。それではご挨拶はこの辺で本日の本題へ参りましょう。
【命懸けで日本に関わる海を渡る人々は、古くは卑弥呼の時代から遣隋使や遣唐使、アンジロウ、ジョン万次郎、ヤスケ…などなどなど。】タイトルにいきなりスペイン語を使いカッコつけて謎の教会の写真と並べましたが、コのスペイン語なんて書いてあると思います?(こういうクイズいらないわぁ〜)そうです!正解です!!フランシスコザビエルです〜!!はい!2026一発目ですね!ナマステ〜🙏
日本人の皆様ならば必ず一度は名前ぐらい社会の教科書で見て、あのインパクト大の強烈なお顔のイメージと共に残っているのではないでしょうか?

そうです。こちらの方ですね。うわぁ〜!私歴史嫌いなのよぉ〜!という方も決して気にしないでください!!なぜならこのブログは歴史がメインではなく、旅がメインなので。歴史に関してはサクッとサラッと飛ばしながら参ります。話を戻しますと、何と今わてがいるここインドのゴアがこの方の最初の布教活動になり、そこから1549年には日本に初めてキリスト教を伝えたということで日本の教科書に長年載っていますね。そんな彼の出発の地でもあり、終点の地(正確には上川島)その後遺骸は石灰を詰めて納棺し最終的にゴアに移されたとのこと。日本と関わりの深いザビエル。そしてザビエルとここゴアもまたとても深い関係だったんですねぇ!今でも10年に一度ザビエルのご遺体が眠るオールドゴアにあるボン・ジェズ教会では有難くこのザビエルのミイラを拝めるそうです。
彼に代表されるようにここゴアは1530年にはポルトガル領にコーチンから首府がゴアが移され、当時の人口はゴアだけで20万人にもなり東洋のローマとしてとても栄えたそうです。(ちなみにこの時代の日本は全体で人口約800万人だったそう) このように栄える反面ゴアに住むインド人は強制的にキリスト教へと改宗されたそうです。だから現在もゴアには圧倒的にキリスト教徒が多いんですねぇ!わてがゴアに足を踏み入れてから感じたことはまず絶対的に街に人が少なく感じました。(他の都市のように無職の路上生活者が少ないんだろうなぁと感じたわけです!) そして街の人々の押し売りや、勧誘などなど無駄な詐欺まがいの行為がなかったんです!これには最初驚き、戸惑いました!通りを歩いていても誰も何も売り付けに来ない! 用がある時、例えばここら辺に宿はありますか?とこちらから聞く始末。これも今まででしたら、宿側から「おい!どうした!?どうした!?部屋探してるんだろ〜??」となるはずが、ここゴアでは待てど暮らせど相手からは何もマシンガントークで責めてこないのである。まだゴアの感覚には不思議で慣れないですが、ここはさっきまでのめちゃくちゃ物売りが群がり、どうせなら1ルピーでも多く払わせてやるぜ!という闘争本能、生きる活力むき出しのインド人とゴアや南インドの彼らは本当に同じ人種で価値観で生活をしているのか〜?とそんな野暮なことを聞きそうになってデリーやヴァラナシにとは全く異なるここゴアに興味が湧いてきた。

わてが到着してから、ゴアの街並みを歩き、人々の生活や、雰囲気を見たり、聞いたりした感じは正直落ち着いた雰囲気と、少し余裕のある生活環境、インフラなどでしょうか? 時間の流れや、生活のリズムが他のインドの街と比べるととても穏やかに感じられました。やはり昔から信仰してきたキリスト教のおかげかもしれませんね。そしてポルトガル領だったこともあり今までの街とは家や教会、施設などの建物の雰囲気が異なりました。デリーやヴァラナシなど他のインドの街では数多く目に入ったヒンドゥー教の神様や、置き物、ポスターなどなどこのゴアではほとんど見かけませんでした。暮らしぶり、生活リズム的にはわてはネパールよりも便利で快適に感じました。しかしわてが旅したのは20年前…少しだけこの街のお話をもう少し前の時代に戻して、このゴアと切っても切れない時代のお話も少し。
【1960年代 ヒッピーの天国だったゴア インドであってインドではない アラビア海に沈む大きな夕日】わてがいた時よりももっともっと昔1960年代にヨーロッパやアメリカから流れてきたヒッピーたちがこのゴアにヒッピー天国を築き始めていた。ベトナム戦争の頃のお話ですな!今ではあまり考えられない。ヒッピーたちの最後の終着地。安く暮らせて、ドラッグもあり、海で一日中裸で泳いでいられる。ラブ&ピースを掲げ、自然回帰的なライフスタイルを続ける自由な環境。今ではもう名前や、音楽、ファッションくらいにしかその名前を聞かないヒッピー。その三代聖地の一つがここインドのゴアだったとのこと。ちなみにもう一つは先日までいたネパールのカトマンズ。そしてアフガニスタンのカブール。そしてここインドのゴアだそうだ。1960年代に旅をしてみたかったものだ。きっと刺激は今の比ではなかっただろう。今ではその名残や、雰囲気くらいは音楽や場所により感じられると思います。
是非皆さんもインドに来るようなことが旅行の目的によって街を変えてみてはいかがでしょうか? お魚料理や、ミールズのような典型的なお食事を堪能したい方は是非南インド中心で旅行を組んでみてはいかがでしょうか?バナナの葉の上に色々な種類のサンバルや、ラッサム、パパドや、カードなどなど一皿で何種類もの味が楽しめますね!ココナツや、ドーサなど目にも楽しい食べ物が沢山ですね!
食事や建物よりも現在のインドのリアルを昔からと比較しながらコアでディープなインド旅行は是非北インドを中心に、ヒンドゥー教と生活の在り方や、宗教と仕事、変革の時の大都市、人々から見えなくなってきている裏路地や、隠れていき続けている文化などなど自分なりの自分に合った楽しみ方をきっとこの国は受け入れてくれます。自分の中にある物差しで基準を決めたら何も楽しめませんよ〜!
そうそう!わてみたいに時間をかけて気になった都市や街で下車しながら寝台列車で一周するのも最高にお勧めです!次回はここゴアよりももっと南に向かいます!今回も読んでいただきありがとうございました〜!



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