異国のプー太郎 インドの思い出に浸る朝日

Kanyakumari
アラビア海・インド洋・ベンガル湾

インド最南端の町、カンニャクマリで海から昇る朝日を見ながら、この海もここのように色々な海で混ざり合いながら大西洋に出ていずれ遠く離れた日本の海に繋がっているのかなぁ。と少し感傷的なことを柄にもなく思いながらおはようございます。ナマステ〜🙏感傷ついでに言うと、そもそも留学から始まるわてのこの人生の異国時間は自分のこれからを考えるには最高の時間であった。なぜならば目的を持って入った日本での学生生活を終え、望んだ就職の道を進み、今後の自分の人生を見たときにやり残しや、そのまま流されるように時間を進ませることに勝手に抗って1人社会人としての生活を全部投げ捨てて、後先も何も考えずにタスマニア島に降り立ったのだ。だから何もない状態。考え的には人生設計ゼロから今回の旅は進んでいるのである。かといって自分探しの旅のような曖昧な気持ちではない。自分のことならかなり理解している。なぜなら留学中も18歳達に囲まれて1人20歳も半ばを迎えている。それを踏まえて旅をして、どんな形にしろいつか来る旅の終わり、日本への帰国、そしてその後に自分がどう歩んでいくか、そのことを旅中も永遠と考えていた。

さて話は戻りこの町に来てから地元に暮らす子供達や違う都市から来ているであろう子供達と触れ合う機会が多かった。勿論言葉は通じないのだが、一緒に写真を撮ったり、それを見せたり、持っている物に興味を持たれたりこの町での子供達との触れ合いでは子供達の沢山の笑顔が見られたことがとても印象に残っている。前半のインドの旅ではあまり感じられなかった自然な笑顔だった。こちらには分からない言葉で子供同士が何か言い合いながら笑っていたり、決して長い時間ではないけれど笑顔の子供達と一緒の時間が過ごせた事は勝手に旅の中で疲弊し、スレかかっていたこちらの心をふと自然体に戻してくれた。それはきっと何かをしたら何かくれるからとか、何かしたらこれを買ってとかそういった見返りを求められていないとすぐに分かったからかもしれない。勿論幼いながら家族のために必死にお金を稼ごうとしていた沢山の子供達を否定したり、悪くいうつもりは全くない。目を背けたくなるような厳しい現実も、望んでいないような悲しい出来事も、どこの誰からも救いの手が来ない毎日を、ただその日を何とか弱々しくても生きて明日に繋げる強い小さな子供達を、こちらの方が日本から離れた異国で自分の年齢の半分もいかない子供達に沢山のことを目の当たりにし考え学ばせてもらったのだから。何よりも少しくらい発展した国から来ようと今のわては一年以上いろいろな国をただ放浪しているプー太郎なのだ。地に足つけて歯を食いしばってでも生きている人たちに何を言える立場だろうか。だからこそ、どこに行っても、誰に出逢おうとも出来る限り丁寧にその出会いを大切に接しようと思いながらこの旅を続けている。

どこを目指すかよりもそこで何を見て感じるか

当初の目的地であった3つの海が混じり合うインド最南端の町。ここまで行きたい町、見てみたい場所、食べてみたいもの、途中下車なども含めてほぼ全て地元の列車で来てみて、最後にこの町で沢山の子供達の自然な笑顔のやり取りと光り輝く大きな目を見ていたら次第にまたそろそろこの町ともお別れかなと感じてきていた。この先に目指すとしたら来た側と逆の道。東海岸沿いをゆっくりと寝台列車で通りチェンナイを目指そうと思う。今いるタミル・ナードゥ州の州都であり、インドの中でも4番目に人口の多い大きな都市である。1996年にマドラスという名前から今のチェンナイに変わったという。南インドの玄関口と言われている。今回のインドの旅ではこのチェンナイが最後の街となるだろう。

今回は出だしが日の出だっただけに(全く関係ないけど💦)、何か自分の心の内が多く文章になってしまいました。でも自分が旅中何を考え、どんな行動を取っていくのか、何よりも旅って人生にとって必要なことなの??などなど自分におけるこの旅の在り方などを是非これからもこれを読んでくれている皆さんにも知っていただけたら嬉しいです!それではまたナマステ〜🙏

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